世界初の陽子線ラインスキャニング照射法による治療開始(国立がん研究センター東病院)
2016年01月05日
住友重機械工業株式会社(社長 別川俊介/以下、住友重機械)は、陽子線治療システム納入先である国立研究開発法人国立がん研究センター東病院(以下、NCCH-E)と共同で開発した陽子線ラインスキャニング照射法(以下、ラインスキャニング)による患者への治療第1例(前立腺がん)がNCCH-Eにて昨年12月中旬に全37回の治療を完了したことを報告します。これはラインスキャニングによる陽子線治療として世界初の事例となります。
陽子線治療*1はこれまで拡大ビーム照射法(以下、拡大ビーム法)*2を使用し臨床成果をあげてきました。これに対して、スキャニング照射法(以下、スキャニング)は細いペンシル形状のビームを標的がん細胞の形状に合わせて三次元的に照射する手法であり、拡大ビーム法と比較して、より複雑な形状のがんの治療を実現し、周囲の正常細胞への照射線量を抑えることが期待されています。また、拡大ビーム法において患者毎に製作するビーム成形器具(ボーラス及びコリメータ)が不要となるため、ランニングコストの大幅な低減に寄与します。
NCCH-E・秋元哲夫先生(副院長・放射線治療科長、先端医療開発センター粒子線医学開発分野長)は「今後の陽子線治療の臨床成績向上や適応拡大を図るうえにおいて、スキャニングはキーとなる技術であり、NCCH-EにおいてはIMPT(強度変調陽子線治療)*3機能を組み合わせた、さらなる高精度治療を目指して取り組む方針である。」と言われています。
住友重機械の陽子線治療システムは、陽子線発生装置として、連続かつ高線量率ビームを安定して発生させることが可能なサイクロトロン*4を使用し、スキャニングに対する優れた適応性を有しています。この特性を生かし、スキャニング手法としてラインスキャニングを採用し、ペンシルビームの走査速度を変調させつつ、連続的に(一筆書き状に)照射します。このラインスキャニングは、球状のビームを断続的に照射するスポットスキャニング照射法*5などの他スキャニング手法と比較して照射時間の短縮が見込まれ、将来的に呼吸で動く臓器への治療に対して効果が期待されます。
NCCH-Eにおいては、住友重機械と共同で開発した多目的照射ノズル(特許第05107113号)を有しており、ラインスキャニングと拡大ビーム法のそれぞれの特性を生かした使い分けを行うことが可能となります。ラインスキャニングによる治療は、NCCH-Eに引き続いて、社会医療法人財団慈泉会相澤病院、台湾・長庚紀念病院、韓国・サムスンメディカルセンターにおいて2016年初頭より順次開始される予定です。
住友重機械はこれまで30年以上に渡り、サイクロトロン等、加速器の医療分野での利用に関する研究・開発・機器納入を続けてきました。陽子線治療システムは1997年に国内初(世界で2番目)となる病院設置型システムをNCCH-Eに納入したことを皮切りに、現在までに日本、台湾、韓国の7施設に納入(または納入予定)しました。引き続き、納入先施設と協力のうえ、陽子線によるがん治療の全世界への普及に貢献してまいります。
*1 陽子線治療:
陽子線は荷電粒子線の一つで、水素の原子核である陽子を高エネルギーに加速することで得られる放射線です。陽子線を人体に照射した場合、一定深さで急激にエネルギーを放出(「ブラッグピーク」と言います)し消滅するという、一般的な放射線治療で使われるX線にはない物理特性があります。陽子線治療は放射線治療の一種であり、このブラッグピークの深さや幅を調整することにより、近接する重要臓器(脳、心臓、腸管系臓器など)や周囲の正常細胞に悪影響を与えずにがん細胞のみに十分な線量を投与することで、副作用の少ない治療が可能です。一般的な外科手術と異なり、体に優しく、通院治療が可能ながん治療法として、世界中で脚光を浴びています。これまでに、頭頸部がん、肺がん、肝臓がん、食道がん、前立腺がん等の疾患に対して多くの治療実績が報告されています。
*2 拡大ビーム照射法:
陽子線発生装置から発生されたビーム径を大きく広げた上で、患者毎に製作するビーム成形器具(コリメータ及びボーラス)を使用して、標的がん細胞の形状にビームを成形して照射する方法です。
*3 IMPT (Intensity Modulated Proton Therapy:強度変調陽子線治療):
同一照射野に対し、一方向だけで見ると不均一な線量分布になるようなスキャニングビームを複数方向から照射し、それらを組み合わせた結果として標的がん細胞周辺の正常細胞に対する影響を従来法よりも低減させる手法であり、スキャニングの応用技術です。
*4 サイクロトロン:
円形加速器の一種。水素の原子核である陽子を光速の60%程度まで加速し、透過力の大きい陽子線を発生させます。他方式の加速器よりも高線量かつ連続的なビームを安定に発生させられる特性を持つため、肺や肝臓等の呼吸で動く臓器への照射の適応性に優れ、治療時間の短縮や治療回数の低減を実現させる能力を有します。
*5 スポットスキャニング照射法:
スキャニング手法の一つであり、患部を数千の微少領域に分割し、最深部の層から小さな点状のビームで照射位置を逐次変えながら層全体に対し均一的な照射を行う方式です。