相澤病院における陽子線ラインスキャニング照射法による治療開始
2016年03月25日
住友重機械工業株式会社(社長 別川俊介/以下、住友重機械)は、長野県松本市の社会医療法人財団慈泉会相澤病院(理事長・院長 相澤孝夫/以下、相澤病院)に納入した陽子線治療システム(以下、本システム)により、陽子線ラインスキャニング照射法(以下、ラインスキャニング)による患者への治療が開始されたことを報告します。ラインスキャニングによる陽子線治療*1としては、昨年12月中旬に患者への治療第1例が完了した国立研究開発法人国立がん研究センター東病院(以下、NCCH-E)に続いて、2施設目となります。
陽子線治療のスキャニング照射法(以下、スキャニング)は細いペンシル形状のビームを標的がん組織の形状に合わせて三次元的に照射する手法であり、従来の一般的照射法である拡大ビーム照射法(以下、拡大ビーム法)*2と比較して、より複雑な形状のがんの治療を実現し、周囲の正常組織への照射線量を抑えることが期待されています。スキャニングの一種であるラインスキャニングはペンシルビームの走査速度を変調させつつ、連続的に(一筆書き状に)照射する手法であり、ビームを断続的に照射するスポットスキャニング照射法*3などの他スキャニング手法と比較して照射時間の短縮が見込まれます。
相澤病院においては本年1月20日より前立腺がんの患者へのラインスキャニングによる治療を開始し、現在までに15名の新規患者への治療を行っています。照射機構としては多目的照射ノズル(特許第05107113号)を導入しており、連続ビームを生成可能なサイクロトロン*4加速器の採用と相まって拡大ビーム法による呼吸同期照射(または息止め照射)とラインスキャニングを対象患者毎にランダムに切り替える効率的運用が実現しています。また、ラインスキャニングにおいては、拡大ビーム法において患者毎に製作するビーム成形器具(ボーラス及びコリメータ)が不要となり、治療準備作業に係る手間削減やランニングコストの大幅な低減に寄与しております。
相澤病院・荒屋正幸先生(陽子線治療センター・センター長)は「ラインスキャニングは、陽子線治療のさらなる進歩において重要な技術であり、相澤病院において今回開始した前立腺がんに加えて、将来的には重要臓器が密集する脳腫瘍や頭頸部がんなどの疾患への適応拡大を行う予定である。」と述べています。
本システムは、従来よりも大幅に小型化された回転ガントリ照射装置1台(1治療室)を有し、世界で初めて加速器(サイクロトロン)と治療室を上下に配置することにより、敷地面積の大幅節減を実現しました。(特許第5373220号、特許第5437527号)この上下配置式システムは相澤病院に続いて、社会医療法人禎心会札幌禎心会病院(北海道札幌市)、社会医療法人高清会高井病院(奈良県天理市)に納入される予定です。
住友重機械はこれまで30年以上に渡り、サイクロトロン等、加速器の医療分野での利用に関する研究・開発・機器納入を続けてきました。陽子線治療システムは1997年に国内初(世界で2番目)となる病院設置型システムをNCCH-Eに納入したことを皮切りに、現在までに日本、台湾、韓国の7施設に納入(または納入予定)しました。引き続き、納入先施設と協力のうえ、陽子線によるがん治療の全世界への普及に貢献してまいります。
*1 陽子線治療:
陽子線は荷電粒子線の一つで、水素の原子核である陽子を高エネルギーに加速することで得られる放射線です。陽子線を人体に照射した場合、一定深さで急激にエネルギーを放出(「ブラッグピーク」と言います。)し消滅するという、一般的な放射線治療で使われるX線にはない物理特性があります。陽子線治療は放射線治療の一種であり、このブラッグピークの深さや幅を調整することにより、近接する重要臓器(脳、心臓、腸管系臓器など)や周囲の正常組織に悪影響を与えずにがん組織のみに十分な線量を投与することで、副作用の少ない治療が可能です。一般的な外科手術と異なり、体に優しく、通院治療が可能ながん治療法として、世界中で脚光を浴びています。これまでに、頭頸部がん、肺がん、肝臓がん、食道がん、前立腺がん等の疾患に対して多くの治療実績が報告されています。
*2 拡大ビーム照射法:
陽子線発生装置から発生されたビーム径を大きく広げた上で、患者毎に製作するビーム成形器具(コリメータ及びボーラス)を使用して、標的がん組織の形状にビームを成形して照射する方法です。
*3 スポットスキャニング照射法:
スキャニング手法の一つであり、患部を数千の微少領域に分割し、最深部の層から小さな点状のビームで照射位置を逐次変えながら層全体に対し均一的な照射を行う方式です。
*4 サイクロトロン:
円形加速器の一種。水素の原子核である陽子を光速の60%程度まで加速し、透過力の大きい陽子線を発生させます。他方式の加速器よりも高線量かつ連続的なビームを安定に発生させることが可能であり、ラインスキャニングへの優れた適応性、肺や肝臓等の呼吸で動く臓器への照射の適応性に優れ、治療時間の短縮や治療回数の低減を実現させる能力を有します。