Vol.8
中性子を使ったがん治療。

小型加速器で
普及への道が拓かれた

組織を切除することなく、臓器の形状や機能を保ちながらがんを治療できるのが放射線治療の利点です。そのうち今回ご紹介するのは、中性子捕捉療法とよばれるもの。がん細胞に中性子を吸収しやすい元素を取り込ませて、そこに中性子線を当てることで、がん細胞を選択的に破壊する治療法です。中性子を発生するために従来は大型の原子炉設備が必要でしたが、住友重機械は加速器を応用した小型中性子発生装置を開発。中性子利用の放射線治療に大きな革新をもたらすことが期待されています。

ホウ素を取り込んだ
がん細胞だけを選択的に破壊する

中性子の存在が物理学的に証明されたのは、1932年のこと。それからまもなく、これを医療に用いるアイデアが提唱されました。がん細胞に特定の元素を取り込ませ、そこに中性子線を当てることで、がん細胞にダメージを与える中性子捕捉療法です。1950年代には実験用原子炉を使った脳腫瘍の治療がアメリカで最初に行われたといわれます。

日本でも1968年に臨床研究が始まります。その後、がん細胞に取り込まれやすいホウ素(Boron)化合物が開発され、これを用いた脳腫瘍の臨床研究が積み重ねられました。研究拠点の一つ、京都大学原子炉実験所(大阪府泉南郡熊取町)では1975年から臨床治療を行っています。ホウ素中性子捕捉療法(BNCT=Boron Neutron Capture Therapy)の研究はいまや日本が世界の最先端を走っています。

BNCTでは、まずホウ素化合物を点滴などによって患者に投与します。がん細胞がホウ素を選択的に取り込んだことが確認できた時点で、治療に適したエネルギーの中性子(熱中性子)を患者に照射。するとホウ素と中性子が核分裂反応を起こし、ホウ素を含んだがん細胞が破壊されるというメカニズムです。

原子炉は不要。
民間医療施設にも設置できる
小型加速器

周囲の正常な細胞を傷つけることなく、がん細胞を選択的に破壊できる画期的な治療法ですが、その普及にあたってはいくつかの課題がありました。一つは、がん細胞に取り込まれやすいホウ素化合物をつくる技術です。核分裂反応を起こし易いのは、同じホウ素のなかでもBoron-10という同位体だけ。これを自然界のホウ素から高濃度で濃縮することが必要です。フッ素化合物のメーカー、ステラケミファ社(本社大阪市)がこの技術を開発することで、BNCTは大きく前進しました。

もう一つの課題は、中性子を発生させる装置の問題です。これまでは実験用の原子炉を用いた臨床研究が行われてきましたが、設備が巨大でとても小さな実験室内や医療施設に設置できるものではありません。小型の中性子発生装置がどうしても必要でした。

この問題を解決したのが、住友重機械です。これまでのPET(ポジトロン断層法)や陽子がん線治療システムのノウハウを活かし、小型のBNCT用加速器(サイクロトロン)を開発しました。2012年秋からは京都大学原子炉実験所、ステラファーマ社と共同で、世界初となる加速器を用いたBNCT臨床試験を始めています。安全性を確認するための治験を重ね、2016年をめどに薬事申請を行い、さらには医療機器としての承認をめざしています。

小型大出力を可能にした技術。
大阪と福島で治験が進む

住友重機械のBNCTシステムは、高いエネルギーの陽子を出力するサイクロトロン、陽子を治療装置まで運ぶビーム輸送装置、陽子を金属(ベリリウム)ターゲットに衝突させ、中性子を発生させ、さらにエネルギーを減速させて患者さんに照射する中性子照射治療部からなります。

サイクロトロンでは水素の負イオンを加速します。水素負イオンを発生させるイオン源を外に出すことで装置全体の小型化を図ると同時に、30MeV・1mAの大出力を実現しています。さらに、ベリリウム・ターゲットの冷却法にも工夫がみられます。除熱を効率的に行わないと、ターゲット自体がすぐ壊れてしまうためです。今回の装置では陽子ビームを円軌道上で動かすことで、ベリリウム表面での熱集中を避け、冷却水をスパイラル状に循環させることでより効率的な除熱を行っています。発生した中性子のエネルギーを減速させる減速材についても、形状や合金の配合比の決定までにはたびたびの試行錯誤が繰り返されました。

現在、京都大学原子力実験所で進められている臨床試験に加え、2015年からは福島県郡山市の総合南東北病院での治験が始まる予定です。同病院は民間病院では初めて導入された陽子線治療装置などを揃えた最先端治療施設。大阪と福島におけるBNCTシステムの治験実績を積み重ねることで、がん治療先端医療の新しいページが開かれます。

お客さまの声

異次元レベルの治療技術の
本格的な普及への道が開けた
京都大学原子炉実験所
粒子線腫瘍学研究センター
小野公二教授

例えば、顔面にできたほくろのがん(悪性黒色腫)の患者さんをBNCTで治療した事例があります。患部が広範囲に広がり、またがん細胞が皮膚の下まで浸潤しているので外科的な切除は困難。X線治療でも治すことができませんでした。ところがBNCTを行ったところ、見た目にも明らかに腫瘍が縮退し、元の素顔に近い状態に戻ることができました。私自身が最初は信じられないほどの成果だったのです。

組織を切除することなく、臓器全体を痛めることもなく、がん細胞だけを選択的に叩くことができる。BNCTは従来の治療法には無い特長を持った、異次元レベルともいえる革新的な技術だと考えています。現状では全てのがんに適用できるとはいえませんが、当実験所では再発脳腫瘍、悪性黒色腫、再発頭頸部がんなどを対象に臨床研究を重ね、順調に実績を積み上げています。

これまでは中性子を発生させるために原子炉が必要でしたが、住友重機械との共同研究で、小型の加速器を使ったBNCTシステムが完成しました。本格的な医療へ向けてこれでまた前進したといえます。そう遠くない時期には、すべての患者さんが利用できるようになることを夢見ています。

  • 記載内容は、すべて取材当時のものです。

住友重機械のこだわり