宇宙の謎に迫る
多くの謎に包まれた宇宙。その謎を解明するために開発された宇宙探査機「はやぶさ」には当社の技術が採用されています。小惑星に到着した探査機から蛇腹のように伸びていくホーンと呼ばれる装置。そこに小惑星から舞い上がった岩石の破片などを取り込み、他の物質と混じらないように即座に回収カプセルに閉じこめるのです。こうして「はやぶさ」は宇宙創生の秘密を握る試料を無事地球に持ち帰ることができました。「はやぶさ」のサンプル採取機構にこめられた驚きの技術をご紹介します。
あたかも精巧な
カラクリ人形のように
- ※東北大学吉田研究室提供
2010年6月、小惑星探査機「はやぶさ」の帰還は、日本人だけでなく世界の人々に深い感動を与えました。回収されたカプセルからは、小惑星イトカワ由来の岩石の微粒子が発見されました。地球重力圏外にある天体の表面に着陸して、サンプルを持ち帰ったのは人類の宇宙開発の歴史でも初めてのことです。この大発見に貢献したのが、当社が開発したサンプル採取機構です。
探査機の下部には長く伸びた筒状の「ホーン」と呼ばれるものがついています。これがサンプル採取機構の中心部です。「はやぶさ」が小惑星の表面に接触すると、プロジェクターと呼ばれる小銃から弾丸が小惑星の表面に撃ち込まれます。衝撃で飛び散った物質の破片は、ホーンを伝わって「はやぶさ」の内部へと入っていきます。ホーンの奥には、サンプルを回収するための採取容器と回収カプセルへ送り込むための機構があり、サンプルは探査機内部の採取容器の中に入ります。さらにその採取容器が回収カプセルの中へと送り込まれ、密封されるというものです。
採取機構には8つの可動部がありますが、そこにはモーターは一切使われていません。ほとんどがバネ仕掛けで動きます。あたかも江戸時代の精巧なカラクリ人形を思わせます。
提灯の蛇腹をヒントに
伸縮自在の構造に
イトカワは人類の誰も行ったこともない天体です。着陸地点の表面がどのような状態になっているのか、なかなか想像がつきません。あらゆる状況を想定して、ホーンの材料や角度などが検討されました。ポイントの一つは、ホーンの一部を蛇腹構造にしたことです。衛星の打ち上げ時は折りたたんで格納し、打ち上げ後にそれが伸びていくメカニズムです。これは日本の提灯がヒントになっています。設計者は愛媛県新居浜市の駅に売られていたお土産用の提灯を入手して、その構造を研究しました。
蛇腹の皮にあたる部分には、小惑星の岩石などの跳ね返りでホーンと突き抜け衛星が損傷しないよう特殊な繊維が使われています。また、提灯の竹組みに当たる部分は、ばねが繊維と一緒に縫い込まれています。
衛星に搭載する部品は、高い耐衝撃・耐振動性を保証すると同時に、軽くつくられなければなりません。1グラムでも軽くするために、金属部分はアルミニウム合金やマグネシウム合金が使われました。観測の都合上、ホーンの一部は黒く塗る必要があり、蛇腹部分には手作業で黒色フィルムが巻かれています。
高度な機構設計の中に、意外とアナログな技術も加味されているのです。最初の仕様検討から、いくどもの仕様変更、真空状態を想定した度重なる実験、さらには探査機本体と合体させた総合試験などを経て、完成までにゆうに7年の歳月がかかっています。
「はやぶさ2」に受け継がれる
設計ノウハウ
サンプル採取機構を設計開発した当社の量子機器事業部は、これまでも「あかり」「すざく」などの科学衛星に搭載される低温下での観測装置や、海面温度分析センサーのミラー装置、宇宙でのガス合成実験装置などを開発しています。このように衛星に搭載される機器の設計について十分なノウハウをもっていたことも、開発に成功した要因の一つです。
さらに8年間にわたって高いモチベーションを維持しつづけた設計・製造チームの情熱も無視することはできません。
「はやぶさ」プロジェクトの成果は、2014年に打ち上げが予定される「はやぶさ2」のプロジェクトに引き継がれます。「はやぶさ2」では有機物の存在可能性が高い別の小惑星を探査することになります。探査機の構造は基本的には同じですが、今度はより多くのサンプルを回収できるように、採取機構については一部改良が検討されています。
これまで当社事業部が培ってきた、高振動、高真空、極限温度条件のなかで動く装置づくりのノウハウは、他の衛星技術はもとより、医療機器など他の事業分野にも活かされていくことになります。
- ※記載内容は、すべて取材当時のものです。